THE CRADLE OF OPTICAL COMMUNICATION / SENDAI MIYAGI JAPAN

Come back to cradle optical fiber communication.

光通信の父
西澤潤一氏の主な業績

仙台インターネット推進研究会
Sendai Internet Propulsion(Promotion) Meeting Group

これから徐々に更新してまいります。

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1950pinダイオードの発明
SIT(静電誘導トランジスタ)発明
1951pnipトランジスタの発明
1952APD(アバランシェホトダイオード)の発明
1953pinホトダイオードの発明
1955イオン注入法の発明
1957半導体レーザーの考案
1963シリコンの無転位結晶成長に成功
1964集束型光グラスファイバーの発明
1968FETの飽和特性解明
1970SIT(静電誘導トランジスタ)の実現
1972蒸気圧制御温度差液相成長法の発明
1973SIサイリスタの発明

1983年(昭和58年)頃からノーベル賞を受賞するらしいとの噂でマスコミを賑わせた。

西澤教授がノーベル賞候補に挙げられた理由は、光通信技術の研究・発明についての功績でだった。光通信には「電気信号を光に変える光発振素子」「光を遠方に運ぶ伝送路」「光を電気信号に変える光検出素子」の3つが必要だ。

光発振素子1957年:半導体レーザー
光受信素子1952年:APD
1953年:pinフォトダイオード
伝送路1964年:ガラスファイバ

西澤教授は一人で光通信に必要なこれら3つの基礎技術を発明した。この功績によりノーベル賞は、ほぼ間違い無いとの憶測に至ったのである。

通信の最大の魅力は、一本の光ファイバーで電話回線で23,000回線以上、テレビでは30回線以上も収容可能である点である。光ケーブルが登場する前の同軸ケーブルでは、電話回線で2,700回線、テレビでは2回線程度で、電話回線では約8.5倍、テレビでは15倍の開きがある。

そんなことは不可能だ!

1965(昭和45)年の秋の電子通信学会で西澤研究室の川上彰二郎助手(当時)が1年前に西澤教授が考案したGR(Graded Index)型グラスファイバを使って光を遠方に伝える方法を発表した。
川上助手が発表を終えると会場から「30センチのガラスと通して向こうを見ると真っ暗で何も見えない。ましてや数十キロのガラスの糸の中を光が届くわけが無い。」会場の大方の受け方も同様だった。
それからおよそ10年後、勝敗は明らかになった。
GR型グラスファイバとは、ガラスファイバの中を通る光が、外に逃げないようファイバの中心に集束するようにガラスの中に屈折率分布を持たせたものである。ガラスの純度を高め、ガラスファイバの内部を中心部から周辺部へいくにつれて徐々に屈折率を小さくすれば光は全反射し、中心部に集束され遠くまで伝わるというアイディアである。

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参考図書:「闘う独創の雄 西澤潤一」渋谷寿著(オーム社)